かもしれないという言葉が好き。
どうも、おいなりです。
突然ですが、私は「かもしれない」という言葉が好きです。なのでこの中途半端で意味不明な想いを真剣に書き綴りたいと思います。
かもしれない の曖昧さから垣間見える、希望と絶望
かもしれない
って、なんだかやんわりしてて、自信なさ気で、絶妙な揺らぎ感があって、日本人らしくてきゅんときませんか?
きますよね?
「かもしれない」は、ネガティヴ要素と、ポジティブ要素がいい感じに絡み合い、読み手に光と闇を与えます。多分。
うまい具合にボカシをかけてくれる、謂わばモザイク的な感じでしょうか。無修正より、モザイクある方がなんだかイヤラシイと思う心理と同じかも∧( 'Θ' )∧
可能性を認める言葉にはいろいろありますが(多分、もしかして、ひょっとすると、メイビー……)かもしれないに勝る素敵な語句が思い浮かびません。
ちょっと例文を作って楽しんでみます。
- これは…恋かもしれない…!
ドラマティック!
とりあえず、経緯を詳しく教えてほしい。
もしかしたら、イケナイ恋かもしれない。
- 明日は雨かもしれない。
雨だ、と断定されるより、優しい感じがして素敵。たとえ降水確率が100パーセントであったとしても、晴れかもしれないという希望の光が見える。
- ちょっと食べ過ぎたかもしれない…
そう思ってる時点で、もう食べ過ぎかもしれない。でも、認めたくないの!って感じがして可愛い。
しかし、それに甘えているとデブになるので注意したい。
- もうダメかもしれない
そう思ってる時点でもうダメ。全然ダメ。根性なし。でも、ダメじゃないかもしれない!と思っちゃってるその往生際の悪さが逆にイイ。
- 随筆、かもしれない
随筆ってらなんぞや。読んだことねぇわ。みたいなやつが調子こいて随筆という単語を使ってみた感じがする。つまり、私のブログのことである。かもしれないにその自信のなさが現れている。
…なんだこれ。
もう面倒くさいのでおわります。
これを読んだあなたも、きっと今日からかもしれないを好きになるかもしれない!!
ほなねー。