おいなりの随筆、かもしれない

パクチー並に癖のある徒然なるまますぎるブログ。

ある日突然仕事を辞めた父の行く末。

私の父の名はカズオ。カズヲでもいい。至って普通の名前だ。
まあ、父というのもなんか癪なので、親しみを込めて以下カズヲとする。


私が幼い頃。
カズヲは何を思ったのか、ある日突然、長年勤めていた会社を辞め、商売を始めた。母に相談もなくだ。


その時カズヲは40歳そこそこ。
なぜそんな思い切った行動に出たのか、分からない。
ただただサラリーマン人生に嫌気がさしただけなのかもしれないし、サクセスストーリーを夢見てたのかもしれないし、急に冒険してみたくなったのしれない。今やカズヲの胸の内なんて知る由もない。
(「仕事辞めてブロガーになった」みたいな中年のおっさんを見つけると、カズヲみたいだな(笑)なんて応援したくなる。)


そこから先は、いばらの道だった。
見切り発車で始めた商売なんて上手くいくはずもなかった。そもそもカズヲに商才なんてなかったのだ。
見事に借金のみが増えていった。


代わりに母はよく働いた。
家は荒れ放題で、ゴミ屋敷一歩手前だった。
当時の母は、家の中でゴキブリが走り回ろうと、ネズミが現れようと、「まぁ、こんにちは」ぐらいにしか思わなかったそうだ。それぐらい心身共に疲れ切っていたらしい。


カズヲはアル中だった。
酒が切れると手が震え、酒を飲むとすぐに酔い潰れた。いつも、劣化したゴムみたいに、だらしなく伸びていた。

カズヲに断酒してほしかった私は、一時 酒隠しに勤しんでいた。

カズヲご愛飲の焼酎の一升瓶をせっせと運び、押入れの中や、箪笥の中、火の中、水の中、草の中、森の中、あのコのスカートの中など、ゴミ屋敷のありとあらゆる場所に隠したのだ。

しかし、いつも失敗に終わった。
カズヲの体にはアルコール探知機でもついていたのだろうか、毎回すぐに一升瓶を見つけ出し、しれっと水割りを作りはじめるのだった。とても悔しかった。


私は酔っ払ったカズヲが大嫌いだった。出来れば近寄りたくなかった。
暴力や暴言こそ無かったが、いつも話は支離滅裂。呂律は回ってないし、目は座ってるし、違う意味で怖かった。しかも翌朝になると、すっかり記憶を忘却しているので、更に私の恐怖心を煽った。

母はそんなカズヲに対していつも怒りをぶつけていた。酔っ払ったカズヲに何を言ったって無駄なのに。


不毛な言い争い(ほぼ母の一方通行だったが)は絶えず、毎晩怒声が飛び交っていた。
そんな夫婦の姿は実に滑稽だった。


小学校低学年のとき。
詳しいことはよく分からないが、ついに借金が返せなくなって、 祖父が残してくれた家を売ることになった。

私たちはクソ田舎に引っ越した。
新しい家は、前の家より小さかった。
私はボットン式のトイレが心底気に入らなかった。学校の雰囲気も悪く、いじめが多いところだった。もう最悪だと思った。


カズヲはヤケになったのか、こんな事態になったにも関わらず、まともに働こうとはしなかった。

私は新しい学校の友達に「どうして転校してきたの?」「お父さん何の仕事してるの?」と訊かれても、答えられなかった。子供の私には事態がよく分かってなかったからだ。


その時のカズヲは、なんだか変な仲間(母曰く)と、“インチキ臭い商品”を売ろうとしていたらしい。

“インチキ臭い商品”の代表的なものに、「健康になる靴下」っていうのがあった。
やたらと締め付けの強い着圧ソックスみたいなやつだ。

カズヲは「これは絶対売れる!」と信じて疑わなかった。自らがモニターとなり、意地になって毎日それを履いていた。


言うまでもないが、全然売れなかった。
インチキ臭いおっさんが、インチキ臭い靴下を売ろうとしたって、誰も買わないのである。


こうして借金と、父の夢だけが膨らんで行った……


もうどん詰まりだった。
父と母は離婚した。私は大賛成だった。何故もっと早くその結論に至らなかったのだろうか。

私と母は逃げるように家を出て、賃貸アパートに住むことになった。

正常な判断力を失い堕落していくカズヲ……見ていて痛々しかった。
いい歳したおっさんが何故、こうなることを予想できなかったのか。はたまた母は何故そんなカズヲと添い遂げようとしたのか。
本当に意味不明だと思った。


しかし私がカズヲを非難すると、母は決まって「あれでも、いいところあんねんで」とフォローを入れた。毎日鬼のように怒り狂い、カズヲを責めていたはずのあの母が。

夫婦というのは奇妙なもんだと思った。
母は、父のどうしようもない部分も含めて愛してたんだろう。


ほどなくして、カズヲはまた家を手放すことになって、汚いアパートで1人ひっそり暮らし始めた。


私達親子は、たまに会って食事したりした。
カズヲは見るたびに、細く、小さくなっていった。
顔色は悪く、ほとんど生気が無かった。今にも死にそうな感じがした。

私は「アンタ死ぬわよ」と細木数子ばりの忠告をし、病院に検査に行くよう勧めたが、いい歳こいて病院嫌いだったカズヲはきいてくれなかった。


そしてある日突然、カズヲはこの世を去った。(この辺りは長くなるので、省略する)


納棺の時。
母はカズヲの亡骸に、あの因縁の靴下を履かせた。
カズヲは、死装束と着圧靴下というなんともダサい格好でこの世から送り出されたのだった。

これは母なりのささやかな復讐だったのかもしれない……。


つづく?

↓も父の話↓

父の日